東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4465号・昭37年(ワ)8123号・昭37年(ワ)8787号 判決
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〔判決理由〕一、原告がその主張する甲乙特許権を有すること、それらの特許請求の範囲が原告の主張するとおりであることは、当事者間に争いがない。
甲特許発明は、その特許請求の範囲および<証拠>(甲特許発明の明細書)に照らして、底曳網と浮曳底網と二様に利用することを内容としているものと認められるが、本件において被告らの網と比較するのに必要なのは前者のみであるから、以下前者に限つて甲特許発明に論及する。
二、甲特許発明の構造および作用効果が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。ただ被告は主力綱の網地への縫い付け方ないし取り付け方について、その主張するような限定があると抗争するので、この点について検討する。
(一) <証拠>によれば、甲特許出願前、「中央部の網幅大にしてその両端に到るに従い漸次網幅を減じたる網の後斜辺を天井網もしくは底網の両側に縫着したる網を袋網の前部と左右両袖網の間に縫着したる曳網の構造」が、原告自身の出願にかかる昭和六年実用新案出願公告第二五一二号として公告され公知となつていたことが認められ、この公知の曳網における網地の構成は、甲特許発明における網地の構成と同一であることが明らかである。もつとも、甲特許発明には、上袖網1と天井網2とを編み流して一部品とし、あるいはさらに上袖網1、天井網2、袖網4の三者を編み流して一部品とする場合が含まれているが、前記<明細書>によよても、甲特許発明においてそのような編流しをすることが格別の意義を有するものと認められる記載はないから、この相違は、甲特許発明の網地の構成と前記公知の曳網における網地の構成とを同一と考える妨げとはならない。
前記<明細書>によれば、甲特許発明明細書の「発明の詳細なる説明」の欄に、「網具類の展開は横と共に縦にも展開して立体的に掃海容積を拡大しなければならないのであるが従来の網具類は網地を多量に使用しても網具の構成を形作るところの主要なる綱類の用い方が拙劣な為網口及び網目の展開を妨げて(「防げて」とあるのは「妨げて」の誤記と認める。)居るのである。本発明はその目的を完全且容易に達せんが為発明したるものにして」との記載があることが認められ、この記載と、甲特許発明における網地の構成がさきに認定した公知の曳網における網地の構成と同一であることをあわせ考えれば、甲特許発明のねらいとするところは、前記公知の曳網における網具の用い方を改良したことにあるものということができる。
(二) 前記<明細書>によれば、前掲「発明の詳細なる説明」らんに「本発明の拡口曳網を引曳するときは、網具に対する水の抵抗による主なる抗張力は主として主力綱5および6にかかり、……浮子綱7および天井網付力綱8に掛る負荷を主力綱5および6に依つて支えられる共に、……上袖網1および本袖網4の高さを減ずることなく充分に拡大することができ、網が完全に整形される」との記載があることが認められる。これは主力綱の作用を説明するものではあるが、綱具の用い方をどのように改良したことによつてそのような効果が得られたかは、同らん中に何らの説明も加えられていない。そこで、甲特許出願前の曳網における綱具の用い方がどのようなものであつたかを進んで検討する。
(三) 鑑定人Hの鑑定の結果によれば、甲特許出願以前から曳網類には一般に筋繩と呼ばれる綱具が使用されており、それは網地の縮結を保ちかつ網地を補強する目的で、背網、腹網および脇網の網地の縁に沿つて付けられていたことが認められる。したがつて、さきに認定した昭和六年実用新案公告第二五一二号の公知の曳網においても、左右両袖網の上縁(三角網との接合部)および下縁に沿つて筋繩を付けることが当然想定されていたと考えられる。現に鑑定人Oの鑑定の結果によれば、昭和八年頃前記実用新案の実施品として作成されたものと思われる曳網の模型において、左右両袖網の上縁および下縁に沿つて筋繩が取り付けられていた事実を認めることができる。
甲特許発明における主力綱5および6の取付(縫付)位置について、特許請求の範囲にははつきりした記載がないが、前記<明細書>によれば、甲特許発明の明細書の図面に、主力綱5が左右両袖網の上縁(上袖網との接合部)に沿つて、また主力綱6が左右両袖網の下縁に沿つてそれぞれ取り付けられている記載があり、次いで、特許請求の範囲には、この図面を援用して「図面に示す如く」主力綱5、6を縫い付けまたは取り付ける趣旨の記載があり、その他には、主力綱5および6の取付(縫付)位置を示す記載が全然ないことが認められる。それ故、主力綱の取付(縫付)位置はこの明細書記載の図面に示すとおりであると認定するのが相当である。
そうすると、それは公知の曳網における筋繩の取付位置と同一である。したがつて、甲特許発明における主力綱5および6の取付位置には、格別の新規性を認めることができない。
(四) ところで、<証拠>によれば、昭和三年実用新案出願公告第七〇九五号の公報には、曳網の一種であるオッタートロール網につき、従来のものにおいては、曳網に際し大きな牽引力が網全体に加えられるため網に歪みを生じてその形状を崩し、かつ頭綱にも直接大きな牽引力が加わるため網口が縮小される欠点があつたのに対して、同実用新案においては、上部網と下部網の接合部に側綱を取り付けたため、曳綱による牽引力はこの側綱に伝わり、これより直接に網の尾部に伝わるから、尾部に捕魚が多量となつた場合にも、網全体に牽引力を及ぼして網の形状を崩すことがなく、この場合頭綱にはこの牽引力をほとんど及ぼさないから、頭綱を浮子の作用により自由に上方に浮き上がらせて網口の開きを一定に保たせることができる旨の記載があることが認められる。
これによれば、当該実用新案における側綱は、曳網による牽引力(換言すれば流水抵抗)の大部分をこれに負荷することによつて、該牽引力が網全体に及んでその形状を崩し、また頭綱に及んで網口を縮小するのを防止することを目的とすることが明らかである。それを、甲特許発明における主力綱5および6が浮子綱7および大井網付力綱8にかかる負荷を支え、それによつて上袖網1および本袖網4の高さを減ずることなく十分に拡大し、網具を完全に整形する作用を営むのと比較すれば、両者はともに曳網の側面に付けられる網であつて、共通の作用を営むものということができる。
<証拠>によれば、甲特許の出願に対しては、特許標準局審査官より、前記公報を引用して、それに容易に実施できる程度に記載されているから新規性がないとの理由により拒絶すべきものと認める旨の通知がなされたこと、原告は、その通知を受けた後訂正書を差し出して明細書の「発明の詳細なる説明」の欄に、主力綱5および6とレーシングライン(袋網付力綱)8とが連結してあるとの説明を加え、それと主力綱5および6が浮子綱7および天井網付力綱8にかかる負荷を支えることとあいまつて、上袖網1および本袖網4の高さを減じることなく十分に拡大し、網を完全に整形する作用が得られることを明らかにしたこと、およびこの訂正書が差し出された結果公告決定および特許査定が行われたことが認められる。
この出願手続の経過に徴すれば、原告は、甲特許発明の主力綱5および6と前記実用新案の側綱とが曳網に付けられた綱として共通の作用を営むことを承認しつつ、前者においてはそれを袋網付力綱8に連結する構造とすることにより、後者よりも一層すぐれた作用を期待しうることを強調して、その点に甲特許発明の新規性を認めさせようとしたものと推認される。したがつて、甲特許発明のねらいとする曳網における綱具の用い方の改良とは、主力綱5および6と袋網付綱8とを連結する構造としたことを指すものと解するのか相当である。
ところで、鑑定人Oの鑑定の結果によれば、網地を展開したとき、それぞれの辺の縮結によつて決まる長さに等しい長さの綱を取り付けてあれば、網地にかかる流水抵抗はこれらの綱に均等に負荷され、そのうちの特定の綱に多く負荷されることはないこと、したがつて、甲特許発明におけるように浮子網7および大井網付力綱8にかかる負荷を主力綱5および6によつて支えるものとするためには、主力綱5および6を縮結によつてきまる網地の長さよりも短かく、すなわち過縮結に取り付けなければならないことが認められる。してみれば、甲特許発明においては、主力綱5および6を、浮子綱7および大井網付力綱8に比して過縮結に取り付けることを要し、それによつてはじめて明細書記載の作用が得られるものと解しなければならない。
原告は、主力綱5を底辺、浮子綱7と天井網付力綱8とを各斜辺とする三角形、または主力網6および袋網下縁の力綱8を底辺、浮子綱7と天井網付力綱8および袋網上部の力綱8とを各斜辺とする三角形をとらえて、底辺の方向に流水抵抗が働くとき、その主な部分が底辺を形成する綱に負荷されることとなると主張する。しかしながら、網地を展開したときこれに対する流水抵抗がどの辺に付けられた綱に多く負荷されるかは、綱の取付けにあたつて網地に施される縮結の大小によつて決まるものであることは、前述のとおりであるから、原告の主張は独断というほかなく採用の限りではない。
(六) してみれば、甲特許発明において主力綱5および6がその明細書記載の作用を果すためには、これを浮子綱7および天井網付力綱8に比して過縮結に取り付け、かつこれに袋網付力綱8を連結することが必要であるということになる。それゆえ、この二点は特許請求の範囲に明記されていないけれども、甲特許発明において必須の要件をなすものといわなければならない。
(古関敏正 水田耕一 牧野利秋)